日々の出来事 集団ストーカー被害 2018年11月04日

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日々の出来事のように、まだまだ続いている、集団ストーカー被害です。

午前零時25分、ネズミを捕まえました。



猫が、外で捕まえてきたネズミだと思います。

私へのプレゼント???
ありがとう。

そのネズミを、捕まえました。
この文字の打ち込みに、恒例の女の声のフゥーンと、鼻に抜けるような音声送信の声が聞こえてきました。

 

3日の午後11時半頃に、外に出る戸を開けていました。
夜、裏庭(猫の額の広さの裏庭です。何歩か歩いたら終わりの)の辺りで、トイレをするので、戸や窓を開けてやる事が多いです。

私が布団に横になっていると、猫が帰ってきたような足音がしました。
すると、いつものように部屋に入るあたりで、止まりました。

 

あぁ、いつものパターンだなと、思っていると、今回は違っていました。
私は、動いていないのに、猫の方からスーッと入ってきて、バタバターと動き始めました。私も思わず、頭を起こして、猫を見ると何かを捕まえようとしていました。

私は、てっきり蛾とか、何かの虫かなと思って見ていると、ガサガサーッと何かが動きました。




私は一瞬、ゴキブリ???
と、思いジィーと見ると、

 

色がちがう、
大きさが違う、
それに、なんと、しっぽがある。
うぁ、ねずみだー。

 

半分起き上がっていた身体が、グーンと起き上がりました。
起き上がって、思わずガムテープに手が伸びました。

また、ガムテープでペッタンです。

 

猫に追いかけられたネズミが、敷き布団の下に隠れようとしているので、敷き布団をめくりめくりしていると、布団から離れて、逃げよとしていましたが、猫がすかさず追いかけ行く手を阻んだため、また敷き布団の下に逃げ込んできました。

 

そのとき、シッポがチョロっと出ていたので、そこをガムテープでペタッと、はってやろうかとしてみましたが、逃げられてしまいました。

 

ネズミが逃げると、猫が追いかける。
部屋の隅、隅を逃げるねずみ。




すると、急に、なんだか?
猫が、あちこち、うろうろし始めました。

 

あれ、見失ったか?
ごちゃごちゃと物を置いている場所に、逃げ込んだか?

とうとう、見失ったようです。
しかたないので、ネズミが動くまで、待っていようかと思いましたが、なかなか動く気配がありません。

 

そこで、置いてある物を動かし、ネズミを追い出す事にしました。

ここにもいない、
ここにもいない。
すると、ここか?

 

そこを、動かして見ると、おおっと、いました。
猫に、ここだよ。

ネズミは、ここにいるよ。
と、猫に教えるように言いながら、猫を見ると、なんだか様子が、へんです。



 

あれっ、どうしたの?
もしかしたら、眠たいの?

いまにも、まぶたが閉じよとしていました。

 

いやいや、それじゃー困るでしょう。
早く、捕まえないと、

猫に、ここ、ここ、ネズミはここと、言い続けても、いっこに動こうとはしません。

 

いゃー、困ったな?
しかたないなと思いつつ、私が、ねずみを追い出す事にしました。

 

あっちをツンツン、こっちをツンツンと、つついていると、ネズミが動き出てきました。
ネズミが動くと、猫の眠気が一瞬で取れたのか、さっとした動きに変わりました。

動く物に反射的に、反応する猫の本能か?
ネズミを追いかけ始めました。




しかし、あれれ?
追いかけ方が、雑になりました。

 

あらら、ネズミを追いかけるのではなく、追い越していきました。
また、戻ってきて、またネズミの上を飛び越えて、追い越していきました。

あれ、なんか眠気の方が、勝っているのか?
眠気で、判断が、くるっているのか?

 

飽きたのか?
興味が、なくなったような感じです。

 

しかたないので、私が、動きの止まっているネズミに、パコーンと・・・。

 

たんすや机などの下にかませる、短い板を置いていたので、それでパコーンと軽く、一撃をくらわせました。

すると、ネズミは、それが効いたのか、痙攣をしているようでした。

 

ちょっと、かわいそうでしたが、しかたありません。
部屋にそのまま、置いておく訳にもいきませんので、

 

そこを、すかさず、ガムテープでペタッとはいつけ、捕まえました。

やれやれです。




ネズミを捕まえると、何事もなかったように、サッサと毛布に潜り込んで、寝てしまいました。
ハハハ、猫だなーと思いました。

寝顔は、かわいいもんですよ。

 

このネズミも、この連中の工作だと思います。
このような事をされるときは、必ず部屋を開けた後におきています。

 

昨日の3日の夕方から、外出をしていました。
このような時に、いろいろな工作を私の部屋周辺でします。

 

この工作の作業が、長引くようなときは、外出先で、時間を延ばすような工作もされます。
だから、外出した後は、嫌がらせの工作の内容が、変わる事もよくあります。

 

 

この集団ストーカー被害の人が、ひきこもりになる?
と、いうことをよく、聞かれると思います。



これは、原因の一つに、こう言う事も、あげられます。
それは、外出すると、家に侵入される。
と、言う事です。

 

誰でも、自宅や事務所に侵入されると、外出がしにくくなります。
世間では、これを、引きこもりと、判断されるようです。

 

この集団ストーカー被害では、結構な事例が、日本全国にあると思います。
また、この侵入が、物取りの侵入では、ありませんのでね。

これが、この集団ストーカーの特徴でもあります。
言うに言えない、出来事と言いましょうかね?

 

これが、警察にも言えないような、被害届も出せないような、出来事をする侵入なのです。

だから、言えば、ちょっとおかしな人間に思われてしまうような、そんな工作と言いましょうか・・・?

 

ほんとに、些細な事をするためだけに、侵入しています。
これは、多分、周りも承知し、協力していると思います。

周りが協力しているのは、防犯だからだと思います。
しかし、表向きの建前と、裏の内容は違います。

 

ほんとに、些細な事をするだけなんです。
侵入したと言う、痕跡を残す。

 

思わせる事が、この集団ストーカー被害の特徴です。




監視をしていると思わせる。
何をするにしても、最初と最後に、行動を起こし被害者に気づかせる。

 

これ、なんですね。

 

この行為は、とにかく気づいてもらう、気づかせると言う事に、つきると思います。

だから、音声から、生き物の動物、昆虫、鳥など、そしてサイレンから、つきまとい行為など、
さまざまです。

 

この侵入は、気づかせると事と、同時に記憶違いを誘発させる、目的もあると思います。

いつも、言っていますが、この集団ストーカーの最大の目的は、精神疾患に仕立て上げる事ですからね。

 

だから、それを目的に侵入します。
それに、大騒ぎするような、警察ざたになっては困ります。

 

それでは、防犯の意味がなくなりますからね。
だから、被害届が出せないような、事柄ばかりになります。

だから、被害者・ターゲットが、首をかしげるような、出来事なってしまうんですね。

 

例えば、物の位置・場所が違うとか?

 

あれが確か、ここあったと思っていたのだがとか、

久しぶりに、見ようとすると、その本がないとか、

窓の鍵を締め忘れたのかなと、思うようなこととか、

 

そんな程度のことなんです。




だけど、ここに、ちょっとした、ポイントがあります。
記憶が曖昧な物に関して、そのような行為をしています。

 

なので、ちょっと、アレっ!
と、思ってしまうんですね。

 

だけど、よくよく考えて、記憶をある程度たどっていくと、やっぱりおかしいんですね。

なにか、侵入されたのかなと云うような、感じがするんですね。

 

まぁ、たまには、決定的な事もあります。
これも、やっぱり、気づかせるためだと思います。

それは、朝事務所にいくと、玄関に、あるはずもない、ご飯粒が落ちていたりとか?

それとか、日曜日で一日開けて、月曜日の朝、事務所に行き、トイレをしようかと、トイレにいくと、な、なんと、トイレの中に、いゃー驚きましたね。

 

トイレの中に、固まりがあったんですね。
いゃー、驚きました。

 

犬のうんこなのか、人間のうんこなのか分かりません。
けど、流さずに、そのまんま、入れたまんまになっていた事もありました。

時間が経ちすぎたのか、水も変色していました。

 

それに紙が、一緒に入っていなかったので、多分、入れたのかなと思います。



ご飯粒も、証拠にと思って、取っておいたのですが、もうカラカラになっていると思います。
今でも、何処かを探せば出てくるかも、分かりません。

 

捨てた憶えが、有りませんので、
その当時、事務所での私の昼食は、ほとんど麺類でしたから、ご飯をもっていくことは滅多にありません。

 

仕組まれた、侵入かなと思います。
それに、外出すれば、いく先々や店などで、まぁ、ひっちゃかめっちゃかに、されてしまいます。

 

外出すると、ネットワークで連絡し合って、一気に集中しますからね。
これで、外出するのが、ほんとうに、嫌になります。

 

私の場合は、この連中による、作られた引きこもりです。
まぁ、今は、開き直って言いますけどね。

 

でも、よくよく考えてみると、侵入する側の方が、悪いんですからね。
これ、防犯のための捜索ですか?

家宅捜査ですか?

無断で???




引きこもりが、悪いように言われている世の中の風潮です。
この引きこもりは、本人の自衛なんだと思います。

 

自分の身を守るための、自衛だと思います。
動物でも、同じです。

 

危険が迫っているのに、わざわざ身を晒すようなことは、しないと思います。
物陰に隠れて、ジッと危険が去るまで、待っていると思います。

 

まぁ、学校の登校拒否も同じだと、私は思っています。
(登校拒否も、なんらかのいじめが、原因だと思っています。)

これも、いじめから自分の身を、守るための自衛だと思います。

 

学力の低下や出席日数が、気になるのは分かりますけど、
無理矢理、行かせるのは、私は賛成しません。

 

勉強にしても、本人のやる気がないのに、いくら教えても、頭に入らないと思います。

本人がその気になるまで、気長に見守ってあげるのも、本人のためでもあり、本人の勉強だと思います。

 

無理矢理ではなく、その気にさせるような雰囲気に、持っていくことも大事だと思います。

まぁ、それは、親の役目???




私は、この引きこもりや、登校拒否は、誰でも出来るような、事ではありません。
いい経験を、させてもらったと思っています。

 

登校拒否も、これからの人生において、ちょっと自慢できるのでは、ないでしょうか?

そして、人生のプラスになるかも、知れませんね。

 

※ご注意
けっして、登校拒否を勧めている訳では、ありません。
誤解のないように、お願い致します。

 

何をするにしても、本人次第、本人のやる気次第だと思います。
私は、そう考えていますし、そうあるべきだと思います。

 

子供が、自分で自分の身を守ろとしているのに、なぜ、親が危険な場所に押し出すのか?

私には、分かりません。

 

まぁ、どんまい、どんまい。
いつかは、どんでん返しが来るかもよ?




学校の勉強も、ある程度は大切だと思いますが、それよりも愛情面・道徳面・精神面が、大切だと思います。

 

親が出しゃばらずに、気長に見守ってあげるのも、いいと思いますが、どうなんでしょう。

本人がその気になるまで、待ってあげるのも、いいとおもいます。

 

親は、子供の後ろで、サポート、サポート。

 

間違っていれば、正してあげる。
分からなければ、教えてあげる。

 

これでいいと思います。

 

例えば、レストランに入って、メニューが決められない。
決められなかったら、親がサポート。

 

これは、野菜と果物がタップリで、野菜と果物の旨みが、ジュワー!
こっちは、旬の魚が満載で、魚の旨みを閉じ込めて、口の中で旨みがジュワー!

 

これじゃ、両方食べたくて、きめられなーい?

ええぇーっ!

 

後は、本人に、決めさせてあげてね。



まぁ、こう言ってはなんですが、道徳面と精神面を鍛えるには、武道がいいです。
子供が望むのであれば、ぜひ!

 

勉強も大切です。
おろそかに出来ませんが、それ以上に、精神や道徳面は大切だと思います。

 

私も精神面は、弱いほうだったので、少しは変わったと思います。

 

みなさん、店を選ぶ時は、どんな店を選びますか?
どんな店が、好感もてますか?

 

一流大学を出た、学歴の持ち主ばっかりを、店員に集めた店と、
サービス面が充実していて、丁寧で親切な店と、

どちらが好感が、持てると思いますか?

 

多分、サービス面が充実している店だと思います。
私も、そう言う店を選びます。

 

サービス面は、数学や物理で、学べるのかな?

 

勉強の知識とは、なんなんでしょうね。
勉強する意味は、なんなんでしょうか?




一流大学を出て、一流企業に入って、高給取りになる。
これが、勉強する目的なのでしょうか?

 

これだったら、ただの金儲けじゃないですか?

それだったら、一流大学、一流企業をめざさなくても、事業で成功する方法を学んだほうが、よっぽど、いいような気がしますが???

 

あれっ?

こう思っているのは、私だけかな?

 

これは、多分すべてが、お金に、がんじがらめに、されているからだと思います。

それは、生活の全てが、お金で解決する世の中に、なっているからだと思います。

 

それは多分、お金が、全てを支配しているからだと思います。
お金で生活する世の中が、そうさせているのだと思います。

 

勉強とは、世の中の役に立たせるための、知識だと思いませんか?
私は、そう思います。

それが、本来の役割だと思います。

 

例えば、学者や先生あるいは技術者は、生活の向上のために知識を使い、生活向上に貢献する知識だと、考えています。

この考えは、間違っているでしょうか?

 

このような事を目指している方は、逆にドンドン勉強して頂きたいですね。

そして、その技術が、世の中のサポートになればいいと思います。




第一次産業から第三次産業まで、多少の勉強は必要になると思いますが、学者レベルまでの勉強は、必要ないと思います。

 

多分、それが出来なければ、技術者のサポート不足だと、思ったりもします。
この私の考えは、間違っていますかね。

 

例えば、計算が苦手な人でも、計算が素早く、できるように、計算機(電卓)が開発されました。

私は、こういう事だと思っているのですが、やっぱり違いますかね?

 

間違っていれば、ご免なさい。
ご了承ください。

 

個人個人が勉強しているのは、世の中の生活をよくするため、住みやすい世の中にするためだと、私は思っています。

生活の向上だと、思います。

 

まぁ、この店は、東大出の頭のいい計算の速い、人間を店員に使っている店です。

どうぞ、買い物してください。
って、こんなことでは、ないと思います。

 

これが、勉強の目的ではないと、私は思っています。

これだと、勉強は、お金儲けのため手段に、過ぎないですね。




ちょっと、考えてしまうんですけど、日本って、結局、何主義?

日本は、何主義?

日本は、資本主義??

 

もし、資本主義だったとしたら、現在の生活はどうなんでしょう。
みなさんの生活は、どうなんでしょう。

 

私もそうですが、多分一部の方を除いて、同じだと思います。
頭の中は、お金、お金だと思います。

 

富も作り出せば、貧困も作り出す。
これが、資本主義の、間違った一面かな?

 

他人を蹴落としてでも、自分だけが、いい生活をしようとする。
自分だけいい生活が出来たら、いいとかね。

 

だから、ライバルをつくってしまうのが、資本主義の欠点でもあるような?
ただ、お金が、あっちに行ったり、こっちに来たり、移動しているだけのような気もします。

 

それは、ライバル、イコール奪い合いに過ぎないと思います。

あるいは、潰し合い???

 

何主義、何主義と枠に、はめてしまうから、おかしくなるのだと思いませんか?

だって、よくよく考えてみてください。




みなさんが、働いている会社がありますね。

その会社自体は、何主義にあたるのでしょうか?

資本主義?

共産主義?

 

会社って、完全なるピラミッド構造でしょう。

上からの指示で、仕事をし報酬をもらいます。

 

会社の中では、自由はないですね。
働いたら、働いただけの収入が、入るという訳でもないですね。

 

これを、資本主義というのでしょうか?
そりゃー、会社のトップの社長は経営者ですから、資本主義になるでしょうけど、社員からすれば???

 

会社って、もしかしたら共産主義のような形態じゃないですか?

 

資本主義の大きな、くくりの中に、小さな共産主義が、いくつもあって、そこを出たり入ったりしているような感じなんでしょうか?

 

会社の入口を一歩出たら、そこから資本主義が、始まるような、なんかそんな感じに思えませんか?

資本主義といったら、その労働に応じて、報酬が入るものだと思います。




しかし、会社では、労働力に応じて報酬はもらえてないと思います。
サービス残業も、増えているのではないでしょうか?

 

労働に応じて、報酬が入るというのは、自営をしたときのことでは、ないでしょうか?

日本全体が、自営業者だけだったら、資本主義になるんでしょうけどね?

 

では、改めて会社の形態は、何主義ですか???

 

資本主義のように、おらっちがお山の大将だと言う時は、お金のような価値が分かるものが、必要でしょうけど、共産主義は、どうなんでしょう?

 

逆に、お金は必要ないと思います。
お金で、価値を判断する主義では、ないでしょう。

 

共産主義の個人は、お金のために働くのではなく、生活のために働くのだと思います。

そして、生活に必要な、すべての衣食住は支給で賄ってこそ、平等になるのだと思います。

でも、そこには自由がないといけません。
自由のある民主的な、共産主義でなければね。

 

労働時間の大幅な短縮、そして自由な時間は、趣味などに充てる事が出来るようでないとね。

それでないと、これからの共産主義の意味が、ないと思います。

 

共産主義は、ライバルがいないから、技術の低下が懸念されているようですが、技術力の集団は、別に存在させないと、未来の発展はないと思います。

 

たぶん、皆さんの本音は、嫌々だと思います。
現在の仕事や勉強は、嫌々だと思います。

 

私も、朝から晩まで、仕事はしたくないですからね。

仕事をして、お金を手に入れないと、生活できないから仕事をしているだけで、仕事が好きで、好きでたまらないと言う人は、少ないと思います。

誰でも、自由に過ごしたいですね。

自由に過ごしても、何不自由しない生活。

理想だと思いませんか?

 

だから、現在は、お金がネックになっていると思います。
お金のために、自由が奪われているのだと思います。




だから、お金がすべての世の中では、資本主義とか、社会・共産主義とか、言っていても、それは無理が生じると思います。

 

何々主義ということではなく、本来、人間の無理のない生活が出来れば、それでいいのだと思います。

 

これは、たんなる私個人の考えで、みなさんと違っていれば、ご了承ください。

 

引きこもりから、変な方向へいってしまいましたが、元に戻して、

 

家を開けると、家に侵入されたり、何かの別の工作をされたりします。
それが、いやで家をあけることが出来なくなるんですね。

 

結局、家に引きこもる事になります。

 

私の場合も、よく侵入されましたからね。

 

この連中の目的は、ドロボーと違って金目のものを取るという事ではなく、部屋に侵入したよと、いうことを被害者に教える、あるいは気づかせる目的があります。

取ったとしても、本とか、そんな物を取っていきます。

 

取る物の対象になる基準は、このあたりかな???

いままで、かなり利用して、使っていたけど、最近は使う事もなくなり、その存在を忘れてしまったような物などです。




そして、あれは何処にしまったかなと、思い出してもみつからないとかね。
こんな、感じになると思います。

 

これなんかは、普段から監視をしていないと、わからないでしょうね。

 

そして、侵入したという証拠として、物を位置を移動するということを結構します。

 

だから外出すると、もうそう言う事をされるんだと言う前提で、外出していますからね。

どうしても、外出しないといけない、用事があるときもありますから。

今は、もう、ひらきなおっています。

 

4日、午前2時45分頃、足と腹をひやされていますね。

電磁波だと思います。

超音波の低周波振動で、足と腹を冷やされていますね。

 

この世の中の支配体制が変わらない限り、この連中はやめないのでしょうか?

私の使うものは、ほとんどが、工作商品ばかりです。

ですので、やっぱりこれを使うとかが、できないですね。

たぶん、そうなっていると思います。

 

もし、違うものを使っていたとすれば、その商品を潰す工作をされ、工作商品に替えられると思います。

 

だから、その商品を使わすために、あれはない、これはダメ、これは値段が高いになり、結局、工作商品に行き着いてしまいます。




だから、電化製品から食品まで、急に変更がきかない時があります。
急に、これが欲しいといっても、なんやかんやと理由付けされて、買えない場合があります。

 

工作商品ができれば、すんなりと購入ができます。

 

今回、携帯電話が壊れて、スマホに変更しました。

多分、これもそうだと、分かっています。

 

私もそれは、了承しています。
それで、いいんでしょう。

 

それに、最新のものは避けました。

 

高いというのもありますし、私が最新のものを使えば、必ずすぐ新しい物が出るか、何か変更がくわえられるか、その機種がなくなるか、ですからね。

 

もうひとつ下の機種にしようかなと思いましたが、はやりこの機種で固められていたようです。

 

今は、どこも予約制に、なってきているようです。
なぜ、このように予約制にしたのか、もうお分かりだと思います。

 

多分、これは、私に絡ませての事だと思います。

あらかじめ、予約させておけば、行動が分かりますからね。

 

監視をして、どこに行くのか調べなくてもすみますからね。




いつも思う事なんですが、
私の事で、ここまでしないといけないのですかね。

 

ほんとに、バカバカしい限りです。

 

利用者側から言わせてもらうと、店に行きにくくなったと思います。
時間を取るような、接客にわざわざしているような気がしますね。

 

それって、親近感が、なくなりませんか?

親近感が、なくなるような気がします。

 

混雑する店では、仕方ないかも分かりませんが、混雑も何もしない店まで、予約制になっています。

 

今まで、予約制なしにやってきていました。

なのに、なぜ???

 

よく地域に根ざした、店作りとかをテーマにしていることもあります。
予約制というのは店と客の間に、一線を敷いているような気がして、親しみが私は、わきません。

 

なんとなく、事務的に処理されているような感じがします。

必要な店は必要だし、必要ない店は、いらないと思います。

 

どこも、かしこも、同じにそろえる必要は、ないと思います。
職種も違えば、内容も違います。

来客の数も違います。

その店を、お客様が利用する際の、利便性を考えたほうが、いいような気もします。

 

これは、私の事に対して、おこなっている事なのでは、ないかと思います。
しかし、このような事も言えると思います。




例えば、農作物の栽培で、自然農法と言う方法があります。
自然に育ててもらい、ほとんど何もしないと言う農法です。

それでも、充分すぎるくらい育ちます。

 

しかし、現在は手を加えて、色々な事をしないと、上手く育たないというイメージがあります。

これなどは、しなくてもいいことまでして、悪くなってしまうというケースにもなりかねません。

 

あそこがしているから、ここもするのような感じになっています。

 

あそこがするから、ここもするのではなく、そこに合ったやりかたをしてほしいと思います。

それは、店側がきめるのではなく、お客さんにアンケートをとってもいいと思います。

 

果たして、このような事も、どこもかしこも行なう事が、資本主義なのかと云う疑問も浮かびます。

 

これは、もしかして、協力しているということかな???

 

 

長くなりそうなので、次に回します。

 

 

では、


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