日々の出来事 集団ストーカー行為 2011年12月22日 木曜日

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

昨日午後11時12分頃、ガラガラと戸が開き、キュルルルと網戸が開きしばらくしてからキュルルルトン、ガラガラトンと戸が閉まった。

この時間にはすでにテレビを消しており、その為戸を開けたのだと思っている。

パソコンと同じで、テレビでもこっち側の様子が分かると思う。

今日は午前5時56分に車のエンジン音で目がさめた。

午前6時12分に考えに対して車が道路を走り去って行く。

午前6時15分頃、ゴトゴトと音が始まり、17分にガラガラと戸が開き、キュルルルと網戸が開き、ガラガラトンと戸が閉まった。

2階の方が起きてまず最初にする事は、ベランダに出る戸を開ける事から始まる。

私は起きて直ぐ戸は開けません。

まず、トイレに行きます。

ベランダにはこっちの様子が分かるような何かが有ると思われます。

スイッチとか、何かを起動させる事により部屋の中で操作できる或はこっちの様子が分かるようになっているのではないかと思っています。

それを隠す目的のように、ベランダには背の高い植物が置いてあります。

この方、私がまだ会社勤めをしている時、出勤時間になると外で植木や鉢に水やりをしている姿を見せられていました。

この頃から植物が好きだと言うイメージをうえ付けようとしていたのだろうか?

午前6時19分にメモを始めるとゴトンと真上で音がして、車が道路を走り去って行きました。

午前6時21分、トントンと音がして、また道路を車が走り去って行った。

午前6時28分に考えに対してコンと音がして、道路を車が走り去った。

今日は不思議と私のタイミングにしか車が走っていない。

午前6時29分にジョボッとだけ排水の音が台所でしていた。

蛇口をひねってこれだけの音を出そうと思ったら、ちょっとばかしテクニックがいるかな???

午前6時30分、ドンドンと音がして、ジョボジョボーと排水音が始まった。

午前6時33分にもジョボジョボーと排水音が始まり、ドンと音がして団地の前の道路を車が走り去って行った。

午前6時36分にトンと考えに反応して音が出ていた。

午前6時38分、台所でゴボゴボと音がして、ゴゴーンと言う音もしていた。

午前6時41分にギギィーと床のきしむ音がしてコンと音がしていた。

午前6時43分にコトコトと音がしているが、昨日の音に比べると大分音のイメージが違っている。

今までの音は真近でコンコンと聞こえていたが、離れた所で聞こえているような感じになった。

音も段々と歩いているような音に近づいてきてはいるが、まだスリッパで歩いているような音には聞こえて来ない。

この事をメモしていると、コトコットンと音が出て、台所でゴゴーと音がしてカラスが鳴き始めた。

午前6時46分にキュルルルと音がしてトンと音が出た。

午前6時48分、カラスが鳴き始めたので、その事をメモしていたら嫌みのようにまたカラスが鳴き始めた。

午前6時52分にもカラスが鳴き、2階の方は静かにされている。

午前6時55分にもまたまたカラスが鳴き、コンと音がしていた。

午前6時57分、コトコトと音がしているが、やはり少し離れた所から聞こえ、音も小さく聞こえる。

これは音が反響しなくなったと言った方がいいのだろうか。

午前7時2分、なんとなくペタペタとスリッパで歩いているような音に聞こえ出したが、音のスピードが速い、もう杖をつかなくても足は大丈夫のようだ。

午前7時3分、考え始めにカラスが鳴き、JRの列車の音がガタンゴトンと聞こえ、スズメが鳴き始めた。

ここでカラスとスズメのバトンタッチのようだ。

午前7時8分に考えに対してコンと空間で音がしているが、この音、昨日まで歩いているときに出ていた音のような感じがする。

午前7時10分にジョボジョボーと排水音がしていた。

午前7時21分、考え始めにスズメが鳴き始めた。

午前7時26分、ガラガラーと戸が開き、ガラガラトンと戸が閉まった。

午前7時31分に考えに対してジョボジョボーと排水音が始まる。

午前8時17分、出掛ける準備を始めると、ゴトンと音がしガラガラと戸の音が出て、台所でゴトゴトと音が始まる。

出掛ける前にトイレに行くと、お決まりのようにジャーーと水洗の水を流される。

車に乗り出掛けると、今日は様子が違うようだ。

歩行者、自転車、車で混雑している。

これも昨日のブログの影響なのだろうか。

最近はすぐブログの内容が伝わっているようで、その日の帰りで大体分かる。

ブログの情報もアップする前から伝わっているようで、パソコンで文字を打ち込んだ段階で伝わっているようです。

先程、午後2時前に銀行に出掛けてきました。

駐車場を出ると、ゴミ収集車が道幅いっぱいに停まっていたので、しかたなく元の駐車場にバックで戻り通り過ぎるのを待ちました。

このように突然出ると何処かで足止めをされ、時間かせぎのような事をされます。

当然、その間に地域の方、何人かに監視をされます。

少し広い道路に出ると、待ち構えていたかのように動きます。

私の車が来るまで路上駐車をして待ち、私の車が近づくとサッと動き出す。

道路は車両ストーカーの車で埋め尽くされています。

この銀行は最初の頃はよく行っていた所でしたが、現在は殆どいかなくなった所で、出ると直ぐ鳥取県の車が停まり中に入っていきました。

乗っていたのは二人のお年寄りで、多分、何の要件できたかチェックをしに入ったのだと思います。

もう一度、行く事になっているので、その時はそう言う人物がわんさか居る状況になるでしょう。

もう一箇所、別の用事があったので、そちらに向かっているとパトカーに遭遇し、なんとガソリンスタンドから出る車がスタンドの従業員の誘導で私の車の直前に出て来ました。

まぁ、これが集団ストーカーの町と化した証拠でしょう。

何かを起こさせる為の挑発でしょうが、見え見えで何とも言いがたいです。

どこに行っても車両ストーカーがウロウロしている状況です。

この方達も自主的ではなく何らかの指示で動いているのではないかと思われます。

地域での当番制と言う事も考えられます。

戻ってくると、今日はワンワンパトロールに遭遇でした。

このワンワンパトロール = 犬の散歩になると思います。

犬の散歩といえば、朝と夕方が一般的だと思いますが、このワンワンパトロールは私の外出する時に行なうので時間がめちゃくちゃになっています。

以前の事務所の時によく行なわれていましたが、夏の暑い30度を越えるような日中でも私が出掛けると、犬を連れて散歩をさせている姿をよく見かけましたが、飼い主だったらそれ位の事は分かっていると思っていましたが、平気で歩かせていました。

この日中の熱いアスファルトの上を、飼い主に言いたいです。

おまえが裸足で歩いてみぃーっと!

仕事で遅くなれば夜の11時頃でも犬を連れて散歩をしている姿を見かける事もありました。

ワンワンパトロールに賛成している訳ではないですが、動物愛護の観点からも、その辺の事も考えたらとよく思った事がありました。

犬も迷惑だワン!

電磁波の低周波を感じた時間。
午後03時15分頃より。

本日聞こえた救急車のサイレンの時間。
午前08時40分頃。
午後02時10分頃、外出からの帰った時。
午後05時07分頃、トイレ時。

– – – – – 阿修羅ここより- – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

2008年3月に阿修羅に投稿された投稿文です。
「マルサスの人口論」という考え方
http://www.asyura2.com/0601/social3/msg/863.html

「マルサスの人口論」などの「人口学」は資本主義の基本原理です。「マルサスの人口論」などの「人口学」を否定すると,経済学上「マルクス経済学」を支持するという事となり,法律上「共産主義者」や「テロリスト」 となって,自分で自分の給料が要らないと「権利放棄」を主張したこととなり,自分の給与所得が削減されてしまいます。 なお,今日,国連加盟国において,安全保障理事会より,制裁措置が課されている国を除いて,「マルサスの人口論」そのものを否定する国家は存在しません。
中華人民共和国も1979年より「一人っ子政策」を採用しており,「マルサスの人口論」に基づく資本主義経済体制にあると言えます。

■「マルサスの人口論」という考え方
http://www.jili.or.jp/kuraho/inochi/web02/img/ph_01.jpg

今日人口政策は、発展途上国においては出生抑制策が採られ、先進国においては出生促進策が採られている。一般には前者がマルサス人口論(初版)による必然的政策であるとされている。
世界人口の80%を占める発展途上国には、〈マルサスの悪魔〉が根強く存在し、悲観的に人口を抑制することが先決であるとされている。一方後者ではマルサス人口原理の適用外の政策が必要であるとされている。

マルサスの第二版以降の、いわゆる、ドナルド・ウインチ( Winch, Donald1987)の呼称をかりれば、第二人口論は、今日の先進国の状況にも適用できるもので、有効人口の増大をも提唱の内に含めていたのである。マルサスは第三版以降の付録で有能人口(efficient population)あるいは有効人口(effectivepopulation)の概念を示している。
本章では、今日のような人口問題の二極時代に直面して、マルサスに帰り、その人口論に内在する本質を見直し、現代のアポリア(Aporie)的人口問題への接近の中から人口政策の現代的方途を見つけることを目的として進めたい。

マルサスの人口論では、人口は不断の増加傾向をもち、これが生存資料によって規制されるというのが三つの命題に含意された基本原理である。これは、当初社会的意識の強い父との論争から、人口理論をそれ自身として展開するよりもゴドウイン(Godwin,W.)(Rothschild, Emma 1995)やコンドルセー(Condorcet,M.de)などの進歩主義者の人間精神の進歩と社会の完全化や財産の平等制度に対する反駁を主たる目的とした論争の性格をもったものであった。

しかしこれがさらに論争を生み、その論争に答えての第二版では、全く面目を一新し、その着眼を人類の過去と現在に集中し、人口原理そのものの歴史的・統計的な広範な検証に加えて、根本的に初版とは異なる理論を含むものとなった。ここで人口の妨げに「道徳的抑制」を追加し、人口増加を理性的に抑制する方法を人口理論から人口政策へと直結したのである。

1798年の初版では、「人口は算術級数的に増加するのに対し、食糧は幾何級数的にしか増加しないと主張し、そして両者を均衡に導く要因として、死亡率に関する積極的抑制(悪徳;viceと窮困;misery)と出生率に予防的抑制を挙げた。

これがマルサスの「第一人口論」である。これが発表されるや一大センセーシヨンとなったが、多くの避難を浴びた。

それに対抗するべく第三の対策として、「道徳的抑制;moral restrint」を書き加えて刊行したのが第二版である。マルサスはこれを先の初版とは全く新しい著作として公表した。マルサスの第二人口論という所以である。

その後第六版までつぎつぎと改訂版が刊行された。その中核をなす理論は一貫しており、各版の叙述と力点には多少の差異がみられるが、理論の充実化の中で大きな相違はないようである。

一般に、マルサス的な人口論(マルサス主義)においては、農業生産性の増加が原因で、人口増加が促進され、究極的には最低生存費の等しいレベルの窮乏化に陥ると考えられている。

つまり、食糧の供給が非弾力的であるという前提から出発する。

したがって、人口は非弾力的な食糧供給によって規定される従属変数
として扱われたとみることができる(Boserup, Ester 1981)。

– – – – – 阿修羅ここまで- – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –


USBメモリウイルスの感染にご注意を!

USBメモリウイルスの感染にご注意を!


スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*